ここ20年ほど乳がん検診の標準となっているマンモグラフィ(乳房X線検査)だが、若年者に多い高濃度乳房の場合、小さなしこりが見逃される恐れがある。米国の食品医薬品局(FDA)は、マンモグラフィ検診で高濃度乳房であることが分かった時は本人に知らせる措置を2024年9月10日までに全米で義務化することを打ち出した。
欧米では乳房濃度に応じてエコー(超音波)や乳房MRIも用いることが標準的になっている。近い将来、日本でも乳房濃度に応じた検診手段の違いを明確にする必要があろう。
仰臥位三次元超音波検査(ABUS)では、三次元画像から人工知能(AI)技術で小さなしこりの候補を選び、そこに医師が所見を加えることで精度向上が期待できるとの論文が2023年初めに出た。AIを上手に組み込むことで、1人の読影者でダブルチェックと同じ標準的な読影ができるようになることが期待される。
英国では乳がんの術後5年死亡率が1993年~1999年の14.4%から、2010~2015年では4.9%に低下した。アロマターゼ阻害薬によるホルモン療法、アンスラサイクリン系やタキサン系薬剤による化学療法、HER2陽性乳がんに対するトラスツズマブといった薬剤が加わったことが要因だ。これに加え、2015年~19年には短期間で高濃度の抗がん剤投与を可能にしたドーズ・デンスセラピーや新しい抗HER2薬パージェタが登場し、トラスツズマブとパージェタの併用で治療効果がさらに高まった。
2020年から現在にかけては、新たな抗HER2薬としてT-DM1、エンハーツなどが登場した。また、術前抗がん剤の効果が乏しい時はカペシタビンを使うことで生命予後が延長することが証明された。さらに免疫チェックポイント阻害薬、遺伝性乳がんに効果を発揮するPARP(パープ)阻害薬、進行したホルモン陽性乳がんでも生命予後を改善するCDK4/6阻害薬なども保険適用になった。これらの進歩を加味すると、乳がんの5年死亡率はおそらく0%の時代がくる。トリプルネガティブ乳がんに対するサシツズマブゴビテカンは米国で承認され、日本でも治験が進んでいる。ホルモン陽性乳がんに対するカピバセルチブという新薬も期待が大きい。
我々が長らく治療に難渋してきたトリプルネガティブ乳がんも細分化が進み、その中でサブタイプを調べ、よりよく効く薬を使うことで効果をあげる時代が見えてきた。転移乳がんでアロマターゼ阻害薬が効かなくなってきた時、カミゼストラントという薬に切り替えることで生命予後をより良く改善できる可能性があり、これを検証するための治験など新しい臨床試験が次から次へと行われている。
遺伝子検査では、抗がん剤が効くタイプのがんか否かを調べるオンコタイプDXが2023年9月から保険適用になる。また、遺伝性乳がんか否かを調べるBRCA1/2、薬の副作用の有無や薬の適正量を予測する遺伝子検査などもある。実際の治療法の選択につながる遺伝子検査が保険診療としてできる時代になってきつつあると言える。
現在の日本では標準治療がない、または終了した患者さんを対象にがんゲノム医療が保険診療として行われている。300種類を超える遺伝子をいっぺんに調べ、がんが増殖している原因遺伝子を特定し、それに効く薬の使用を検討するものだ。現在は4種類ほどが保険適用されている。昭和大学病院にも、がんゲノム医療センターが設置された。本学には四つの大きな付属病院があるが、そこでの人材教育やゲノム研究などを担う臨床ゲノム研究所ができて、私は現在その所長に異動している。
最近は血液中のがん細胞由来のDNAを調べることで、画像診断よりも早く治療法の変更ができないかという研究が進んでいて、一部は保険適用になるものも出てきている。
血液中のDNAの検出は、がんが進めば検出感度が高くなるが、早期乳がんでは血液中にがん細胞由来のDNAが流れてくる率は低いと言われてきた。しかし、がん種によっては、がんが疑われる組織や細胞を採取するのが困難な場合もある。前立腺がんの骨転移などは特にそうだ。血中DNAの検出感度を高める工夫は日進月歩であり、検査の精度も高まっていくと期待される。
これまで我々は乳がん、肺がん、大腸がんなど、がんができている臓器によって治療法は異なるという考え方をしてきたが、最近のゲノム検査をしてみると、一つの遺伝子が複数の場所の発がんに関わっていることが分かってきた。今後はどの領域のがんも増殖の原因遺伝子を調べることで共通の薬が使える可能性があり、治療法にも影響を与えるようになると言われている。
人体のDNAにある遺伝情報すべてを安価・迅速に調べことができるホールゲノムシーケンス(全ゲノム解析)により、がん治療は大きく変化してきている。現状では標準治療がない、あるいは終了した患者さんに保険適用となっているが、今後は残存腫瘍に対する薬物療法、つまり抗がん剤を使っても残っているがん細胞を特定して効く薬を追加したり、再発を防ぐため血液中にがん細胞由来のDNAの量が増えれば、3か月ごとに行う画像診断の結果を待たず早めに治療法を切り替えたりすることが可能になるのではないかと期待されている。近い将来のがん診療はAIによるDNA検査の結果から、主治医と遺伝カウンセラーらによるチームカンファレンスで治療法を決めていくことが望ましい。
個々人の価値観は百人百様、千差万別だ。従来、個々の患者さんにどのような治療法を適用するかにあたっては、生命予後の延長とか無再発生存といった効果に目を向けられることが多かったが、今後はどのような副作用があるのか、医療費はどのくらいかかるのかといったことを総合的に判断し、患者さん個々の価値観、人生観も照らし合わせて治療が決定されるべきだろう。特に高齢化者社会では価値観、人生観が個々人によって大きく異なり、一様には決められない。治療の効果や安全性に加え、日常生活における患者さんの満足度を正確に知る必要がある。現在は携帯電話などを利用して自宅での食欲や睡眠といった生活状況、脱毛や下痢などの合併症に関する情報を正確に収集する技術もだいぶ進歩している。