シンポジウム 2024

―最新の乳がん医療トピックス―

2024年10月1日(火)より乳がん専門医らによる講演動画3本を配信し、全国の皆様に乳がんに関する最新情報をお届けしました。

中村 清吾 先生

講演①「乳がんの診断と治療2024 ー最近の話題よりー」

講演のポイント

  • リスクに応じた新たな乳がん検診
  • 乳がん手術はどこまで減らせるか?
  • 乳がんにおけるゲノム医療

近年、がんを取り巻く医療、とくに薬物療法の進歩には目覚ましいものがあります。特に、癌の増殖に係る遺伝子を調べ、それに呼応した分子標的薬を選択するというがんゲノム医療は、次世代シーケンサーと言われる遺伝子検査の進歩とともに、急速に普及しつつあります。その一方で、医療費の高騰は、これまでわが国が誇ってきた国民皆保険の屋台骨を揺るがす大きな問題として立ちはだかり、労働人口から外れる高齢者の増加も、それに拍車をかけています。

乳がん検診も、個人個人の乳がんにかかり易さを推定し、その状態に相応しい検診を受けるというリスク層別化検診という考え方が、欧米を中心に普及の兆しを見せています。しかし、正確にリスクを推定するためには、複雑な解析プログラムが必要です。

一方で、2024年は医療者も働き方改革の対象となり、いかに効率の良い働き方を実践していくかが、喫緊の課題となっています。そこで、注目されているのが、AIやロボットの活用です。介護支援ロボットや衣料資材を搬送するロボットを上手に活用すれば、人手不足を解消できると思います。また、CHATGPTに代表される、いわゆる生成AIは、医師のみならず患者さんや一般の方の健康増進にも一役買うようになるでしょう。

本講演では、現在の乳がんの診療において、ゲノム医学がどのような形で浸透しているかを概説し、それを下支えしているAIを、患者さんの立場で分かり易く紹介します。

石川 孝 先生

講演②「根治性と整容性の両立をめざして」

講演のポイント

  • 手術しない治療
  • オンコプラスティックサージャリーの進歩
  • 今後の乳がん治療

全切除術と部分切除術の成績は同じであることが証明されて部分切除術が基本になり、最近では早期癌に対してメスを使わないラジオ波焼灼療法が保険承認されて、乳がんの手術は縮小化の方向に向かっています。また手術の前に化学療法を行うと乳がんが縮小して整容性が高い手術ができるため、化学療法が必要な症例に対する術前化学療法は標準治療になりました。さらに術前化学療法による乳がんの完全消失=治癒ということ、また消失しなかった場合に新たな薬剤を追加すると成績が改善することが証明されて、以前は手術から始まっていた治療が大きくパラダイムシフトしています。

ただ化学療法の効果は乳がんのサブタイプによって全く異なります。ホルモン受容体陽性の場合、術前化学療法で完全に消失する症例は10%程度ですが、ホルモン受容体陰性では60-70%の症例で消失します。そのためホルモン受容体陰性の症例に対しては手術省略の臨床試験が開始されて手術しない治療が現実味を帯びています。

一方で手術自体も進歩しています。根治性と整容性を両立する手術の技術的な発展と普及および啓発を目的として、2012年に日本乳房オンコプラステイックサージャリー学会が発足しました。その結果、全切除の際の人工物や自己組織による再建は通常の治療になり、少し前までは研究段階だった脂肪移植ももうすぐ保険承認される段階まで来ています。また術式の多く占める部分切除術において整容性を高める術式も検討されています。この学会では形成外科医と乳腺外科医が乳がん治療における手術の意義を模索しながら、協力して治療と研究を行っています。

私は消化器外科からキャリアをスタートした腫瘍外科医であり、今でも手術は最も重要な治療法であると考えています。しかし、乳がん診療における手術の位置づけが変わる中、私たち外科医の存在意義や乳がんの診療体制も変わっていくのかもしれません。今回の講演では根治性と整容性の両立を目指した現時点での乳がん治療についてお話ししたいと思います。

片岡 明美 先生

講演③「乳がんに備える~正しい知識と頼れるなかまを持っておこう~」

講演のポイント

  • 乳がん治療は進歩している
  • 正しい情報を集めよう
  • 生活習慣を見直そう

背景

日本ではがん患者数が増加しており、女性に最も多い乳がんは9人に1人が生涯で罹患します。乳がんは早期発見で治る可能性が高く、マンモグラフィ検診で多くの早期がんが見つかっています。2020年のコロナ禍では検診受診者数が約25%低下しましたが、2021年以降は回復傾向にあり、2021年の推計乳がん罹患数は94,400人でした。


進歩する乳がん治療

コロナ禍以降、社会ではテレワークやオンライン授業などが普及し、医療施設でもスクリーニング検査と面会制限、WiFi環境整備が一般的になりました。治療面では、新しい遺伝子検査により、乳がん・卵巣がんの発症リスクや乳がん治療後の再発予測が可能になりました。遺伝学的に乳がん・卵巣がんのリスクが高い方には高精度の検診や予防的手術が保険診療となり、乳がん再発リスクに応じた薬物療法が選択できるようになりました。乳房再建やリンパ浮腫への新しい手術手技も普及してきています。


日ごろの生活習慣を見直そう

喫煙、運動不足や体重増加が乳がん発症リスクとその後の再発リスクを高め、患側上腕のリンパ浮腫を悪化させることがわかっています。治療効果を高めるためにも、手術後の食事と運動習慣の見直しは重要です。


正しい情報を集めよう

若い患者さんには乳がん再発予防の薬剤によって、その後の妊娠が難しくなる場合があります。それに備えた卵子や卵巣組織の凍結保管とその後の妊娠に対して、国の支援事業が始まっています。また、医療用ウィッグや乳房切除術後の下着購入費にも多くの自治体から助成金がでています。医療技術だけでなく支援体制も整備されてきており、患者さんはその後の人生を見据えた治療選択も可能になってきています。乳がんにはコロナウイルスのような予防ワクチンはありませんが、早期発見と治療により治る可能性が高い疾患です。ぜひ正しい最新情報を得て、賢く備えましょう。